肩越しに睨みつける。
「卑怯者っ」
経済力で縛り付ける相手に腹が立ち、それに歯向かえない自分に腹が立つ。
「心外だが、今は否定しないでおくよ。その件に関して今ここで論じても、答えは出まい。それに―――」
ミシュアルは視線を落とし、フッと瞳を細めた。
「私の息子として生きるか、私と縁を切って生きるか、それを選ぶのはお前だ。だが、忘れないでくれ」
その艶やかな、黒々とした美しい瞳が一瞬、憂いを帯びる。
「私はいつでも、お前の最善を想っている」
夕食の時にまた声をかけると付け足して、ミシュアルは部屋の外へと出た。
縁を切ることなど、できはしないのに―――
生まれて十数年。逢いたいと切に願った息子を、いまさら手放すことなどできるものか。
閉じた扉に背を凭れさせ、天井を仰いで目を閉じる。瞼の裏で、東洋美人が優しく笑う。
初子―――
結局、一緒に生きることもできなかった最愛の女性。
彼女にしてやれなかった事を、せめて息子に―― などと考えているワケではない。愛情の押し売りをするつもりもない。
ただミシュアルは、瑠駆真を想っているだけなのだ。
彼のためならば、かつては彼女のためならばこの立場も捨てて構わないと考えてきた。
だが、それは無理。
王位継承者という立場くらいなら、捨てれば拾う者も居よう。無理やり奪いたいと思っている人間は、今もいるに違いない。
だが王族という身分は、捨てることができない。本人が望んでも、捨てるコトのできないモノが、この世の中には存在する。
瑠駆真の母と恋に落ち、その事実を痛感した。
ミシュアルが親族の望む女性と結婚し、その女性との間に男子を授かれば、事は済む。
だがミシュアルは、それだけは受け入れられない。受け入れないと決意した以上、戦わなくてはならない。
与えられた立場、与えられた身分、与えられた特権を利用してでも、今は瑠駆真を守らなくてはいけない。
一人になんて、させはしない。初子が今まで守ってきたように、今度は私が瑠駆真を守る。
なんとしても、ラテフィルへ連れて行く。
開く瞳には、ただ強い意志のみがキラリと光った。
私の息子として生きるか、私と縁を切って生きるか、それを選ぶのはお前だ。
なんて卑怯な言葉。
瑠駆真は唇を噛む。
勝手に引き取っておいて、いまさら自分で選べなどっ―――
いつでも、お前の最善を想っている。
口先だけはエラそうにっ!
つまりは、自分の思うような息子として生きるならば世話してやるが、歯向かうなら捨てる。そう言いたいのだろう。
そうに決まっているっ!
あんな男が父親だなんて、絶対に認めないっ!
部屋を出る後姿へ、視線すら送らなかった。
それよりも、ミシュアルの口から美鶴の名前が出たことに、不安を感じる。
倒れた椅子などお構いなしに、バッタリとベッドへダイブする。
美鶴を、変なことに巻き込むつもりじゃあ、ないだろうな?
ミシュアルの立場と自分の立場。そこに美鶴を関わらせるとしたら、果たしてどのように?
自分を跡取りとしてラテフィルへ連れて行くために、まさか美鶴をエサにするつもりじゃあ―――――
急激に広がる不安。
だが、もし美鶴も一緒なら、別にアメリカだろうとラテフィルだろうと、たとえ世界の果てだって…………
そこまで考えて頭を振る。
美鶴が承諾するはずがない。それよりも、そんな類の話がミシュアルかメリエムから美鶴へなされたなら―――――
顔面から耳までを掛布団に埋める。
駅舎で一方的に怒鳴られて以来、美鶴には会っていない。会話すら、交わしていない。
何度マンションへ電話をかけても、美鶴は出てくれない。詩織がいるであろう時間にかけて、一度本当に詩織が出たこともあったが、美鶴は不在だった。
折り返し電話させると詩織は言ってくれたが、もちろん美鶴からの電話などない。
成績を落とさせるつもりなど、なかったんだ。
|